茂木健一郎「脳と創造性 『この私』というクオリアへ」PHP研究所(2005年4月)★★★★★

脳と創造性 「この私」というクオリアへ

脳と創造性 「この私」というクオリアへ


本質をずばりと抉る快活な文章、その文章に込められたとてつもない質量。
読む者に有無を言わさないその迫力が、なぜかとても心地よい。
これまた良い本であった。
 

(P.32)
多産でスタイルが次々と変わったピカソでさえ、彼が本来旅することができたかもしれない仮想空間の広大さに比べれば、ほんのわずかな一部分しか旅していない。だとすれば、質がどうのこうのなどととやかく言わず、生み出すことの方が先決のはずだ。
 
(P.65)
少し別の観点から見れば、ウェットな人情とドライな非人情のかけ算の中にこそ、人間にとって普遍的な価値に至る道筋があるということになる。(中略)エロスとタナトスのかけ算のごとく、一見相容れないもののように見える二つの要素が共存し、融合するところにこそ生の躍動(エラン・ヴィタール)が立ち上がり、普遍性の気配が立ち込め始める。
 
(P.83)
長期的な報酬を得るために、短期的な報酬を犠牲にすることは、すなわち、時によっては不確実な報酬を、確実な報酬よりも優先させるということを意味する。このような不確実さの尊重が、創造のプロセスには欠かせない。
 
(P.86)
他者の心は、私たちが生きていく上で出会うものの中で、もっとも不確実なものの一つである。
 
(P.106)
想像性が個人の独創性によってのみもたらされるという「独創性」の神話に固執することには害が多い。もし「独創性」の神話が正しいのならば、創造的であるためには、引きこもればよいことになってしまう。人と人とのコミュニケーションを通して新しいものが生み出されることは実際多い。複数の人間の相互作用を通した創造を指す「共創(co-creation)」という概念もある。最終的には個人の努力によって作品が完成されるとしても、他人とのコミュニケーションが、新しいものの創造のきっかけになることは多い。
 
(P.113)
他者の存在が、自分自身が何者であるかを発見する、あるいは新しい何かを創造する上で重要な役割を果たすことは、会話において典型的に現れる。会話においては、自分の中にすでにある情報が、他人に伝わるということだけが起こるのではない。他人の存在に触発されて、自らの中から新しい言葉が生み出される。言葉の生成に伴って、新しい自分さえ生まれる。そのような生の躍動(エラン・ヴィタール)こそが、会話の本質である。
 
(P.141)
自分の頭の中で「こうなるだろう」とあらかじめ予想することができない他者、外部と接することは、ある意味ではしんどいことである。しかし、そのしんどいことを敢えて行い、さまざまなノイズ、ずれに接することでしか、人は創造性に必要な刺激を受けることができない。(中略)そのような他者の存在を許容し尊重することが、巡り巡って自分の創造性を涵養するための大切な「外部性」を提供する。
 
(P.148)
感情は、この世界に生きるということに必然的に伴う不確実性に対処するために、脳が長い進化の中で作り上げてきた仕組みである。
 
(P.149)
破滅する可能性のない存在には、創造する可能性もない。
 
(P.150)
学歴、地位、財産――どのような理由であれ、自分が安泰だと思いこみ、その状態に安住している人は、創造的になることができない。
(中略)自分自身は安全地帯に身を置き、他人をあげつらうことしか知らない批評家は、創造から遠い。
 
(P.207)
日常の何気ない体験の記憶が脳の中に蓄積され、脳の神経細胞のシナプス結合がコントロール不可能なカオス力学の中に変化し続けていき、やがて歴史をかえるインスピレーションが訪れる瞬間がくる。ひらめきやインスピレーションは、合目的にコントロールされたプロセスの結果ではなく、日常の私たちの生活に影響を与える無数のパラメータに接続した、原理的に制御不能な家庭の結果として起こるのである。
 
(P.223)
創造性の最高の形態の一つは、自分自身が変わることである。進化の過程で、厳しい生存競争の中で生き延びようと新たな形態へと進化してきた生物の歴史は、最高の創造性の現れだと言える。
生きる中で一回性の出会いを積み重ね、そこに現れるセレンディピティを生命の躍動のきっかけにする。脳の神経細胞の自発的活動が環境との行き交いの中に巻き込まれ、引き込まれ、意識では決してコントロールできない多数のシナプス結合の変化の中に結実する。そのような日常の連続的な流れの中に、ある日ひと気がづいてみると、以前とはすっかり違った自分になっている。そのような自己の変化こそが、もっとも美しい創造のプロセスである。

 
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