【2010年6月〜7月】考える・感じるツイートまとめ(記録用)
あらゆる事象はダイナミックに移ろいゆくと同時に、執念深く発展過程の中に留まろうとする。
2010-06-27 07:10:38 via web
人の脳を通過した瞬間、主観と客観の区別は実質的に消滅する。
2010-06-27 07:10:50 via web
今、この瞬間に味わっている個々の感情を素直に感じて味わうことも人生。一方、時間性の中で、回顧し、過程を思考し、行く末を思うことも人生。そのすべてを受け入れていこう。
2010-06-27 07:11:06 via web
私が最近考えている「時間性」の概念は、ヘーゲルが「ミネルヴァの梟は暮れ染める黄昏とともに飛翔する」という言葉で表現したものと同一のようだ。
2010-06-27 07:11:18 via web
宇宙が無尽蔵に拡大していくことと、人間の思考の幅が同様に拡張していくこと。この類似性は、人間が宇宙という「自然」のフラクタルであることを教えてくれる。
2010-06-27 07:11:51 via web
考える、想う、分ける、断定する、対立構造という世界から、感じる、泳ぐ、浸透する、一体化する、変化する、保留にできる世界へ。
2010-06-27 07:12:18 via web
やさしさを与えることは、与えられることと同一である。
2010-06-28 22:41:09 via web
溢れ出るものを抑えられない時、僕たちはここにいきいきと存在している。
2010-06-28 22:47:27 via web
時間の相対性をダイナミックに感じる。その体験の中で、僕たちがここに存在する不思議さ、かけがえのなさ、儚さを素直に感じる。そしてまた、僕のメロディーに新たな色がひとつ付く。
2010-06-28 22:57:38 via web
自分の世界を変える強烈な炸裂は、音を立てず心の一番深いところで起こる。
2010-06-28 23:01:06 via web
自分の本当のやさしさは、相手が持つ「相手をやさしくさせられる力」から誘発的に引き出されるものである。
2010-06-29 07:12:58 via web
相手に伝えようとするとき、考える世界より感じる世界の方が、伝わる度合いの個人間バラツキが大きい。感じる世界において、ある人には言葉や各種表現を多く用いなくともほぼ完全に伝わる半面、ある人にはいくら素晴らしい言語など各種表現を用いようともその存在を予感させることすらできない。
2010-06-30 01:18:00 via web
自分を根底から変えるほどの大きな飛躍を感じるとき、必然的に大きな危険性を抱えることになる。このパラドックスを解決しより良い道を選択できるのは、脳や論理ではなく、身体性や感じる力である。
2010-06-30 01:24:18 via web
量をひたすら追求してある一定のレベルを越えると、それが突如として質に転化する。感情、知識、クオリア、経験、芸術、風景などあらゆるもの。今、自分に起きていることは、あきらかにこれら多様な分野で発生した量質転化による相互作用がもたらしたものである。
2010-07-01 07:09:14 via web
量質転化と時間性は直結している。量質転化は、ある一定量を経た先にどんな質的変化がもたらされるのか、変化する以前の段階では想像すらすることができない。質的な変化が起こった後、それを振り返ってはじめてその変化の全貌が理解できる。
2010-07-01 07:15:01 via web
学びを学ぶにあたってもっとも重要なことは、時間性の理解である。
2010-07-01 07:15:46 via web
現代人が意識せずに行っている、「相手によって様々な自分を使い分ける」というディヴィジュアリズム。果てしなく分裂していくディヴィジュアルを自分の意志によって統合し、あるがままの自分さらけ出すことによって、自分が本当に求めているものが手に入り、求めている人が集まってくる。
2010-07-01 22:32:15 via web
自分が求めていることは、自分が能動的に努力して手に入れようとするよりも、努力せずに自然体でいることによっていつの間にか吸い寄せられてくることの方が多い。
2010-07-01 22:36:30 via web
自分にひとつだけ誇れるものがあるとすれば、自分がいかにちっぽけであるか、宇宙・世界がいかに大きく多様であるかを知り続けようとする粘り強さだけである。
2010-07-01 23:39:10 via web
伝えるために、言語では不十分なことが往々にしてある。絵、音楽、詩、小説などを用いて、言語で表現できないことを伝えられることもあるが、それでもまだ不十分なときがある。そのときは、ただそばにいること、ただ受け止めること、ただ触れていることで、伝えられることがあることを思い出そう。
2010-07-02 00:04:10 via web